生きるということの本当の意味は自分の心に従うということ!

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生きるという意味について考えてしまうことがある。

これを全く考えることなく生きれる人もいます。

ですが、物事を難しく考えてしまう人は、道に迷ってしまうことが多いでしょう。


生きる意味を考えてしまう人は、性格上難しい人だと言うわけではなく、それだけ辛い経験をしてきているということ。

本当は意味なんてものはないのかもしれないけど、自分の人生に価値を見出せなくなって、その意味にとらわれてしまうのです。

ですが、本当に「生きる」ということは、とてもシンプルで簡単なことだったのです。

自分が「いい!」と思えるものだけを信じて進む

周りの誰かが「バカ」だと笑っても、自分がそれがいいと思えばそれでいい。

楽しいと感じられる人と過ごし、楽しいと思えることだけを選択していく。

それが例え誰かに何かを言われたことでも、それは関係ない。

世間や常識の枠でバカにされても笑われても、自分がそれがいいのだから仕方がない。

それを誰も否定はできないし、咎めることもできない。

自分自身がこれがいいのだ!と言い切ってしまえばそれが正解。

何かをしたほうが偉い!

何かをしたからスゴイ!

とかではなく、何でもいいから自分の意見で選ぶということが一番スゴイこと!

悪口を言われてもそれをやめる必要もないし、自分にはそう見えるのであればそれでいい。

自分の命、人生は有限。

何のために生きるのかわからないはずはない。

自分のやりたいことをやるためだけに生きているのだ。

バカでも人間らしい人には誰も勝てない

対人関係で、例え印象が悪かったとしても、一貫して何かを貫き通すことができれば、それはもう誰も止めることができない。

世間ではバカだと言われるようなことでも、それが楽しいと心から思って生きている人は魅力的に見える。

始めはおかしな人間に見えたとしても、そこまで人間らしく生きれる人は希で、そんな人には誰も口をはさめない。

仮にもし、陰口や悪口を言っていようものなら、最終的にはそれは僻みになってしまう。

となると、自分もそうした人物に出会った時に悪口は言えないし否定はできないはずだ。

同じことが自分にもできるのかと言われると、それはできない。

だから結局は僻んでいるということになってしまう。

一見バカに見える人というのは、それほど自分の人生をしっかりと生きているということで、理想の生き方をしている人だということなのだ。

他人を悪く言ってしまうのは自分が未熟だから

自分に被害を被るようなことがあると、どうしても怒り、恨み、憎しみなどの感情が芽生える。

それこそこちらも人間なのだから仕方がない。

ただ、その感情を表に出してみようものなら、羨んでいると自分で言っているのと同じことになる。

自分が無力で、行動力もなく、誰も真似のできない生き方をしているのを目の前で見せつけられると、どうしても批判したくなってしまう。

一度は感情を表に出しても悪いことではないが、いつまでもそれを言っていると、僻みばかりを言って何も努力をしていない人間だとみなされる。

また、自分に対して悪く言う人もそうであって、僻まれているのだと思えばこちらは傷つく必要もない。

自分への攻撃は全て僻みであり、「あなたの生き方が羨ましいです」と言われているわけで、いくら文句を言われても「ありがとう」としか言えない。

他人の弱点やミスを指摘し、そこを攻撃するような人間ほど「自分は弱いです」と露呈している人はいない。

誰かを攻撃すればするほど、饒舌に口を開けば開くほどにその人の言葉は弱弱しく聞こえ、早い話がどんどん恥を晒している。

怒りや恨み、憎しみは恥であり、自分の小ささ、未熟さをわざわざ自分でみんなに伝えているようなものなのだ。

ここではないどこかのことを考えても意味がない

生きる意味がわからなくなり、人生に迷う時は必ず毎日頭を抱えて過ごしている。

うまくいかない理由を探し、うまくいく方法を探している。

そういった時は、必ず自分を見失っているし、自分はここではない違う場所に行ってしまっている。

それは、この世界の四次元的な場所だけのことではなく、時間も関係している。

悩んでいる時のことを思うと、必ず過去の出来事に苦悩しているか未来のことを不安に思っている。

変えられない過去を後悔し、まだ起きてもいないことに怯えて未来を不安に思っている。

ここにはいない誰かのことを考え、なくしたものを思い出し、これからどうこへいくのかを考える。

頭で考えていることの全てはここではないし、今のことではない。

変えられるのは今この瞬間だけですし、ここの自分の手の届く範囲のことしか変えられない。

それが現実。

だからこそ、「今」「ここ」が大切。

それなのに、今何をしているのか?

今していることは「悩んでいる」ということ。

そんなことをしている時間は非常にもったいない。

意味のないことを考え、それにエネルギーを費やし、ただ時だけが過ぎていく。

「先のことを考えろ」なんてことを言う人もいますが、それはその人の考え。

その人だってがむしゃらにやっていたときは先のことなんて考えてはやっていなかったはずだ。

考えるのは終わったことでも先のことでもなく、今のことだけで十分だし、それ以上でもそれ以下でもない。

長い人生で自分がしたことは必ず返ってくる

まだ人生をあまり生きておらず、経験の少ない人はわからないかもしれないが、これは否定しがたい事実。

これまでにしてきたことは必ず自分のもとへ返ってくる。

それに時間差があるから信じられなくもなるが、いつか必ず返ってくる。

信じるか信じないかは自分次第だが、どうせ生きるのであれば信じていたほうがずっと幸せに生きられる。

人を傷つければ必ず傷つく時が来る。

騙すことを考えていれば騙される。

優しくし続ければ周囲は優しくしてくれる。

人を恨めば恨まれる。

この現象は、自分よりも他人がよく教えてくれる。

あちこちで悪口ばかり言っている人を見てその人を好きになれるだろうか。

そんな人は必ずどこかで悪口を言われている。

誰にでも笑顔で優しくしている人を悪く言えるだろうか。

人間である以上、愛情あふれる人は誰からも好かれる。

何気なく過ごしている日常でも、あいさつひとつでそれがわかる。

いつも笑顔でハキハキとしている人は、どこか輝いて見えて魅力的に感じられる。

誰からも好かれる人というのは、この小さな積み重ねがそうさせている。

だからこそ、関わる人全てに対しての自分の行いは、必ず返ってくるのだ。

このことからまたひとつ学べることは、誰かに嫌な感情を与えられたということは、相手から一方的にそうされたわけではなく、それよりも以前に自分がどこかで誰かにしてきたことのはずだ。

この法則は絶対で、思い出せば必ず思い当たる節があるはずなのだ。

生きる意味がわからないことが生きるということ

生きる意味を追い求めようとしてしまう時がある。

ただ、言葉や思いというのは不思議なもので、答えは最初から出ているのに気が付かない。

見ている現実というのはそれ以上でもそれ以下でもなく、見たままそのままだ。

「生きる意味がわからない」

これを頭で思浮かべるか、口に出してみる。

もしくは書いてみる。

大事なことはその言葉にとらわれてはいけない。

これを言われて気が付く人がどれだけいるだろうか。

「生きる意味がわからない」

もうすでに答は出ているのに気が付かないだろうか。

「生きる意味がわからない」

そう。

生きる意味がわからないのだ。

生きる意味はわからないのだ。

生きるということは意味なんてわからないものなのだ。

それが答えでありそれば全て。

答えなんて最初からそこにあるし、言い換えれば答えなんてものは最初からないのだ。

最初からあるけどないのだ。

正解や不正解はなく、意味なんてものはない。

もはや意味があるかどうかという概念すら存在しない。

生きていく中で、意味を追求すること自体が最も意味のないことなのだ。

ただ生きていればそれだけでいい

とある大物芸人も、子供の名前につけている。

「いきてるだけでまるもうけ」

正解という概念で語ればこれが一番正解かもしれない。

意味なんてものはないし、正しいかどうかなんてものは誰もわからない。

正解や不正解、正しい答えや間違った行動があると思うからこそ悩んでしまうのだ。

何をやったっていい。

自分がしてきたことや、これからやることの全ては自分にとっては正解。

人生とは、ただ生きているだけでいい。

生きることの本当の意味は生きることなのかもしれない。

ただ、毎日を普通に暮らして生きる。

たまには無茶してしまってもいい。

時には誰かを傷つけることだってある。

でも、それでも誰も悪くはない。

逆に、自分がただ生きている、それだけで喜んでくれる人もいる。

人生は、ただ思ったように生きていればそれだけでいいのだ。

やりたいようにやって、笑ったり泣いたり怒ったり悲しんだり。

それが人生なのだ。

誰かを悲しませてはいけない。

傷つけてはいけない。

優しくしなければいけない。

感謝しなければいけない。

こうした言葉にとらわれると生きづらくなる。

大事なことは自分がどうしたいのかということ。

自分がやりたいことをやって、誰かが傷ついたとしてもそれはそれで仕方のないことだ。

うまくいく方法だけを考え、全てに優しくし、感謝し何の問題もない人生なんてそんなの人間が生きているとは言えない。

自分が生きていると感じたいのなら、恐れることなく突き進むのだ。

自分の行きたい方向へとただ突き進むだけ。

それが本当に「生きる」ということなのだ。

恐れていては何も始まらないし、何も成し得ることはないだろう。

「生きたい」のであれば、今怖がっているその方向へ進めば、必ず全てがうまくいく。

自分を信じ、他人を信じ、この世の全てを信じること!

劇的に人生が変わる超簡単な生活習慣

最後に

もしあなたが今何かに悩んでいるのだとしたら、今怖がっているところへ飛び込んでみてほしい。

その先には、必ず本当の自分の人生が待っています。

怖がって何もしないから、いつまで経っても自分の人生は始まらないのです。

悩むということは、何かに迷いがあるはずです。

ですが、その迷いは消えることはありませんし、誰かの助けを得ようとしても意味がありません。

自分で選んで勇気を持って自分で進まなければ、この先も同じことの繰り返しです。

今までしなかったことをしてみて下さい。

今まで逃げていたことに立ち向かって下さい。

それが本当の人生のスタートです。

今はそれがわからなくても、いつかきっとわかる時が来ます。

それは思っているよりも近い未来にあり、ほんの少しの勇気で全てが変わります。

全てを信じて下さい。

進む時にはもちろん痛みを伴うことになりますし、苦しい時期があります。

あなたが強く追い求めるものは、今恐れている側のその先にあります。

あとは勇気だけです。

誰もそれを咎めはしませんし、笑ったりもしません。

世界中が笑っても、私だけはそれを応援します。

あなたの人生が本当に素晴らしいものになることを祈っています。

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