全ては自分次第!「楽しければ何でもいい」の本当の意味は?

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人生は楽しければ何でもいい。

これは、ポジティブに生きられるほど心に強く抱いている思想です。

ただ、これは経験や知識が浅い段階で意味をはき違えないようにしなければいけません。


人生を楽しむためには、楽しいことだけを選択していくことが重要です。

ですが、あなたがもし、本当の意味を理解できずにはき違えてしまうと、それは破滅への第一歩にもなりえてしまうので注意して下さいね。

時間は流れてはいないという事実

人間には時間という概念が存在します。

しかし、それは私たち人間の感覚をそう表現していっているだけのことです。

実際には、「今」しか存在してはいなくて、流れてなどいません。

また、場所の概念も同じで、「ここ」という場所意外は自分の中では存在しないのです。

時間と空間を頭の中で認識して感じることはできても、「今」と「ここ」以外のことをあなたは知ることは絶対にできないのです。

あなたは、今以外の時間に行けますか?ここじゃない場所に行けますか?

あなたがいるその場所が、いつも「今」であり「ここ」なのです。

今ここで楽しくできれば死ぬまで楽しい

人生は、ただ今が連続しているだけです。

そして、ここという場所が変化しているだけです。

あなたが何歳になろうと、その時が今であることは誰にでも理解できます。

つまり、あなたが今ここを楽しいと感じ、その瞬間をどれだけ多くするかが人生の楽しさに繋がるということです。

どんな時でも、その時を楽しいと思えることができたなら、それほど幸せな人生はないということです。

楽しければそれでいい

人生をどれだけ楽しいものにし、死ぬ間際に「楽しかった」と感じるためには、楽しいと思える瞬間を増やすことしかありません。

人によって、楽しさの感覚は違いますが、どんなことでもいいので今ここが楽しければそれでいいのは間違いありません。

みんなが楽しんでいるのに、不安そうに暗い顔をして下を向いていたら、それほど損をしていることはありません。

大きい小さいは関係はなく、ただひたすらに楽しさのみを追い求めていくことが、人生を楽しむための唯一の方法なのです。

楽しさだけを判断基準にする

人生は選択の連続です。

今という瞬間と、ここという場所で常に選択しながら生きています。

そして、楽しさだけを追い求めて生きていけば、死ぬまでずっと楽しいままで暮らせます。

何かを選択する時には、とにかく楽しいかどうかだけを判断基準に進んでいけば、それだけ楽しい過去ができていくということです。

そしてそれがあなたの人生となるのです。

破滅へ向かう楽しさの選択

楽しさを選ぶということを、間違った解釈をしたまま生きていくと、必ずどこかで行き詰まることになります。

また、そこで行き詰っていることを認めずに、そのまま無理に突き進もうとすれば、それはもう破滅へと向かって行きます。

まだ年齢が若く、経験や知識がないままに「楽しさ」だけを追求していくと、痛い目をみます。

楽しいことを選択するというのは、自分のやりたいことだけをやりたい時にやるということではありません。

楽な道を選び、やりたい放題やっていれば、それまでにかけた迷惑は必ず自分の元へとかえってきます。

リスクとリターンをきちんと考えないと、結局は楽しくなくなるのです。

また、楽しさを選択することは、自分から何かを選んで掴みに行くことではありません。

ただ、毎日を当たり前に真っ当に生き、自分の目の前に現れる現実の中で楽しさを選択するということです。

正しい楽しさの選択方法

楽しいことを選択するというのは、何か面白そうなことをやれという意味ではありません。

まず、あなたが生きるために何が必要なのかを考え、それを実行する。

それがあなたの選んだ道です。

あなたはまず、お金を稼いで快適な暮らしをするために、働きに行く。

それは日々の生活を楽しくするためです。

しかし、必ず辛く苦しい試練は訪れます。

そんな時に、間違った楽しさの選択をすると、楽なほうへ逃げることになりかねません。

そうした自分の行動で何かを選択していくという意味ではなく、自分の見ている現実の中で、どの解釈を選択していくのかということです。

現実から逃げ、現実を歪めようとすることは、いずれは楽しくなくなります。

そうではなく、どんなに辛くても、苦しくても、その中に何かひとつ楽しさを見つけることができれば、その解釈を選択していくのです。

それが、楽しいことの選択というものです。

「楽しければ何でもいい」の真実

あなたがいるのは、いつでもどこでも「今」であり「ここ」です。

その現実の中で、何が楽しいことなのかを探すのです。

「楽しければなんでもいい」というのは、「楽しければ何をやってもいい」ということとは全く意味が違います。

辛い時、苦しい時こそ、楽しさを探すのです。

「なんでもいい」というのは、どんなことでもいいということ。

小さくても、くだらなくても、間違っていても何でもいいんです。

自分が楽しい解釈ができてら、それでいいんです。

何が正しいことなのかを確かめようとしたり、相手の間違いを指摘したり、誰が悪いのか犯人捜しをすることは、物事を全て面白くなくしてしまう思考です。

何がどうだっていいんです。

誰が何を思っても自由なんです。

とにかく「楽しければなんでもいい」という選択ができるようになると、どんなことでもポジティブに捉えて軽く乗り越えられるようになります。

感覚で生きるほど人生は面白い

私たちは、社会の常識でなんでも考えてしまうくせがあるため、誰もが同じことをすることが正しいことだと教えられてしまいます。

ですが、それをどんな場面でも当てはめてしまうと、何もかもが面白くなくなってしまうのです。

感情的になってはいけない。

怒ることや泣くことはみっともないこと。

テンションを上げすぎたり、落ち込みすぎたりする人を、めんどくさい人と敬遠する。

しかし、それほど人間臭くて楽しいものはないと考えることができます。

むしろ、いつも無表情で何を考えているのかわからない大人たちを見て、何が面白いのかと思ってもいい。

子供たちに、「夢を持て」とか「前向きに」なんて教育をしながらも、それを教える立場の大人たちがいつも難しそうな顔をしていたり、くだらない議論ばかりをしていては、大人になることを嫌がるのも当然。

大人になんてなろうとするから面白くなくなるのです。

もっと人間らしく、感情的に生きることが、人生を楽しくする秘訣です。

楽しさはあなたの心の中にある

若い頃は、楽しいことや面白いことは自分の外側にあると考えてしまいます。

ですが、本当の楽しさは、自分の心の中にあるのです。

あなたの前で、ひどく落ち込んでいる人がいても、「くだならいことで悩むな」と笑ってあげて下さい。

あなたの前で、怒っている人がいたら「元気だな」と笑ってあげて下さい。

あなたの前で、泣いている人がいたら「そんなに泣いたらミイラになるぞ」と笑ってあげて下さい。

どんなことがあっても、視野を広げて長い目で見れば、ただの人間の感情です。

どんな人でも、ただの「人」です。

それほど愛おしく、微笑ましいものはありません。

何を見ても、それは楽しいこと。

その感覚は、あなたの心ひとつで作り出せる人なのです。

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